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アメリカのシンガー、トニー・ベネット誕生(1926〜)
2004年08月03日(火) sun.gif
  シナトラも絶賛した偉大なるシンガー

 イタリア移民の食料品店の息子として1926年にニューヨークで生まれたトニー・ベネットは、ビング・クロスビーやナット・キング・コールに憧れ、7歳からステージに立っていました。兵役を終えた46年から、本格的にプロのエンターテイナーを目指して歌うようになった彼は、筋肉質の締まった体にダブルのスーツ、イタリア系の美声とショーマンぶりで注目を集め、50年にデビューします。51年の「ビコーズ・オブ・ユー」が大ヒットし、一躍大スターに。その後も数々のヒット曲によりトップ歌手の仲間入りを果たしました。特に62年の「霧のサンフランシスコ」は彼の18番として世界的に有名となり、今でもサンフランシスコ湾内をめぐる観光船の中では、必ずこの曲が流れるそうです。

 さてイタリア系のエンタテイナー/シンガーといえばフランク・シナトラが有名ですが、ベネットもシナトラを兄貴分として慕い、深い親交があったようです。ベネットはシナトラの「When Joanna Loved Me」という曲のタイトルから、自分の娘にジョアンナと名付けたそうです。また、彼はシナトラの肖像画を描いてもいるのですが、画家を目指して美術学校に通っていたという腕前だけに、その絵には何万ドルという値が付いているそうです。シナトラのほうも、65年に「俺が金を払って聴きたい歌手は世界に1人だけ。それはトニー・ベネットだ」と、最大級の賛辞を彼に送っています。

 94年には70歳にもなろうかという高齢ながら、『MTVアンプラグド・ライブ』で第37回グラミー賞のアルバム・オブ・ジ・イヤーを獲得し、改めてその存在を印象づけたトニー・ベネット。もちろん現在もバリバリの現役シンガーとして、精力的に活動しています。「そんなにずっと歌ってて飽きませんか?」……デビュー50周年の年に、そう聞かれたときのベネットの答えは、実にイタリア系らしいユーモアを利かせたものでした。「その質問は実によく聞かれるけれど、『じゃあ、君はセックスに飽きることはあるかい?』と聞き返すことにしているよ」
 



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